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連載 目指すは写真展入賞!師匠は“YouTube” Vol. 2 土門拳さんを学ぶ。鬼と仏の思いを垣間見る

◆ 目次

    前回のおさらい>「写真好きだったら写真展で入賞したい‼︎」と一念発起したスワンパー編集部の沼田。最短で結果を出すために選んだ師匠が、当サイトで900本近くアップしているYouTube動画。前回の動画では「見る目を鍛えろ!」という教えがあり、好きな写真家を知ることが重要との学びがあった。今回応募するフォトコンテストが「土門拳文化賞」のため、当然学ぶべきは土門拳さん。日本写真界の巨匠の軌跡を辿る

    写真展を主催する土門拳記念館。
    日本で最初の写真美術館だった

    今回は、私がこれまでその名前しか存じ上げなかった写真界の巨匠・土門拳さんを改めて理解するため、YouTube動画をチェックします。土門さんを少しでも知ることで賞に近づくかもしれないし、逆にいえば土門さんを理解せずして賞も獲れない、応募する資格もないだろうと思い、リサーチを開始しました。

    まずは王道中の王道、今回の写真展の主催でもある「【公式】土門拳記念館チャンネル」を見てみます。

    <鬼と呼ばれた写真家 土門拳>

    ナビゲーターの女性とアニメのキャラで復活された土門さんの掛け合いからスタートし、まずは山形県酒田市にある同記念館を紹介。日本で初めてとなる写真美術館ということは、恥ずかしながらまったく存じ上げませんでした。建築デザインしたのは、GINZA SIXやニューヨーク近代美術館などを手がけた谷口吉生さんで、父親の谷口吉郎さんが土門さんと深い親交があったことなどが説明されています。ちなみに土門さんは幼少期のときにしか山形県で生活されていなかったにも関わらず、晩年本人の意向によって作品を同記念館に寄贈されたそう。

    いろんな被写体を撮影されてきました。特に有名なのは、40年以上にも及ぶライフワークになった「古寺巡礼」シリーズ。100ヶ所以上の寺を訪れ、主に仏像を撮影し、特に“女人高野”として知られる室生寺には強い思い入れを持って訪れていました。釈迦如来に恋したエピソードが紹介され、仏像の足裏などマニアックなカットも収められています。土門さんの弟子である写真家の藤森武さんが登場し、「先生(土門さん)は物事を見ることに長けていました。仏像を作った仏師のことまで考えて撮影するんです」と深い考察を語ります。

    土門拳記念館の公式HP

    「ヒロシマ」で原爆の被害を訴える。
    真実を世界に伝えなければならない

    ドキュメンタリーの傑作といわれる「ヒロシマ」。土門さんは広島に原爆が落とされた12年後の1957年に訪れ、そこで改めて被害の現状を知ることになります。「知っているつもりで行ったのに狼狽した。僕は何も知らなかった。だから真実を撮影し、それを世界に知らしめなければならない。それが義務だと思った」と語ったといいます。

    また、藤森さんは「寡黙な先生で、撮影に入ると口も聞いてくれない。技術は目で盗めということで、言葉で教えてくれない。1も聞かずに10を知れ、という厳しい先生でした」と振り返ります(YouTubeだけで「賞を獲りたい!」と考えている自分が申し訳なく感じてしまいました……)。藤森さんは「人間的魅力が素晴らしい人、あんな方はいません。寡黙であまり喋らない人だけど、心の優しい素晴らしい方。酒田市の宝だと思うんです。もっともっと地元の人たちが誇りだと思って、世の中に知らしめてほしい」と締めくくりました。

    ますます土門さんに対する興味が湧いてきましたし、まだまだ情報が足りません。ということで、別の動画をディグります。

    地域社会の人材育成を目的とした公益財団法人である山形県生涯学習文化財団 の「【郷土の偉人】土門拳(写真家)」。こちらの動画は土門さんの誕生から幼少期、画家時代のこと、日雇い生活をおくっていたこと、農民運動に参加し何度も牢獄に入った話など、ディープなストーリーまで紹介しています。土門さんは24歳の頃、アルバイトのような形で写真館で仕事を開始、雑用からスタートし、次第に写真に興味を持ち始めました。その後、技術を学び、コンテストで数々の賞を受賞(やはり賞は大事!)。プロのカメラマンになるまでの軌跡、数々の逸話が紹介されています。

    【郷土の偉人】土門拳(写真家)

    まさか土門さんほどの巨匠が、最初はアルバイトという偶然のようなキッカケだったとは考えもしませんでした。早いうちから覚悟を決め、写真家になられていたものだと勝手に思っていましたので。いわば土門さんにも“一般人の時代”があったわけで、どこか親近感を抱いた次第です。

    レンガをカメラに見立てて撮影練習。
    「筑豊のこどもたち」が10万部超え

    土門さんは修正を加える商業写真に疑問を抱き、「撮影した写真を生かすには報道写真しかない」と思うようになり、教養を深め、技術を学ぶよう決心。基礎理論を学び、写真の先進国であるドイツ語も独学で勉強しはじめました。暇を見つけてはカメラに見立てたレンガを片手に持ち、スナップ撮影の練習を続けました……ってストイック過ぎるでしょ。正直驚きました。

    その後も濃いストーリーが続き、ときに胸が熱くなるシーンも。写真の師匠と3年足らずで袂を分かち、30歳で独立。このとき初めて奈良の室生寺を撮影し、古寺巡礼の原点はここから始まります。本格的に作品づくりに着手するのもこの頃で、文豪・川端康成さんのポートレート写真はあまりにも有名です(土門拳記念館の公式サイトを参照)。

    フォトコンテストの審査員も務め、「写真は記念写真の発想ではなく、怒りや喜び、悲しみを表現するものでなくてはいけない」と提唱し、そうした思想が写真界に大きな影響を与え、業界の頂点に立ったとされています。前述したヒロシマはまさに土門さんの強い思いが凝縮された作品であり、戦後日本の写真家に課せられた大きな課題となりました。

    「あまりの悲惨さにシャッターを押すこともためらったが、必死の思いからシャッターを押し続けた」のが、後に10万部のベストセラーとなった「筑豊のこどもたち」。当時、日本社会において、石炭から石油へのエネルギー転換が行われ、それは大量の失業者を生み出し、土門さんはその事実を世間に訴えました。

    思わず私も「これは作品を買うしかない!」と感じ、Amazonで「筑豊のこどもたち」と「土門拳 鬼が撮った日本」の2冊をゲット。写真展まで時間がないなかで、自分もやれることは考え抜くことのみ。ひたすら土門さんの軌跡を辿れば、なんらかのヒントが見えるはずと信じ、購入させていただきました。

    強烈なメッセージを持つ写真。
    とにかく1枚1枚のインパクトがすごい

    Amazonで購入した土門さんの関連本

    私が書評など非常に恐縮ですが、まずは「筑豊のこどもたち」について紹介したいと思います。筑豊地方(福岡県の中央部)の鉱山に関わる集落の生活を切り取った同作品は「多くの人に見てもらいたい」という思いから、1977年に100円という価格で販売され、10万部を超すベストセラーとなりました。ルポルタージュの傑作として、社会に大きな影響を与え、奥付を見てみると、2021年4月に23刷りという事実から今もなお絶大な支持を受けていることがわかります。

    全ページ拝読させていただきましたが、とにかく被写体との距離感を大事にされ、一瞬一瞬の切り取り方が凄まじいと思わざるを得なかったです。劣悪な環境で生き抜く人間の悲喜こもごもをこれでもかというくらい強烈なイメージを持って伝える同作品は1ページたりとも目を背けることができず、1枚1枚にインパクトがあり、脳内をひたすら揺さぶられました。特に表紙にもなっている姉妹のストーリーは圧巻で、一つの家族を通じながら日本経済の光と闇を照らし、さまざまな実情を読み解くことを求められた気がします。彼女たちを撮るために、土門さんは何百枚のシャッターを押したのだろう……。現代でも絶対に心を掴まれる作品となっています。むしろ先行きの不透明な今の日本だからこそ見てもらいたい傑作です。

    現代社会にも強烈なメッセージとして伝わる「筑豊のこどもたち」

    もう1冊は「土門拳 鬼が撮った日本」。こちらは土門さんの写真家としての軌跡を包括的にまとめたものであり、前述した動画にも出演されていた土門さんの弟子だった藤森さんが監修者となっています。要所で掲載されている写真が素晴らしいことは言わずもがなですが、特に土門さんに近しい人たちの言葉が記憶に残っています。また、土門さんの名言も紹介され、「大事なモノは見れば見るほど魂に吸い付き、不必要なモノは注意力から離れる」「モチーフとカメラの直結ということは、モチーフと一緒に寒さに凍え、暑さにあえぎ、飢えに泣くということであります。モチーフに対して“うわのそら”であって、どうして人を感銘させる作品を生むことができましょう」といった言葉は非常に心に残りました。やはり被写体にどこまでも寄り添うという姿勢なのです。

    土門さんの長女である池田真魚さんのコラムが非常に印象的でした。「土門が撮る写真は全部温かい。そう、写真の温度が高い、という感じです。仏像の写真でも、その仏様自体にもぐりこんで撮っている感じです。対象をじっと見て理解していく。対象と話が通じないようなものは撮れない。好きじゃないと撮らない。だから木でも鉄でも石でも何でも、とっても温かい。標本写真じゃないという感じが好きです」

    鬼と仏が同居する土門さん。
    憎悪と人間愛を併せ持つ視線

    今回、私が応募する写真展の審査員も務められている江成常夫さんのコラムも掲載されています。土門さんを語る上でこちらのメッセージも記憶に残っています。「土門さんは鬼と仏が同居している。ヒロシマでは、悪魔の原爆に向けた怒りと憎悪の視線があり、一方で土門さんの被爆者に対する人間愛、人間への尊厳への仏の眼差しにほかならない。土門さんの仕事が見る側の心を引きつけて離さないのは、鬼の土門の一方で、仏の土門の心が心臓の鼓動のように、息づいているからである」。

    また、ボンドガール(懐かしい!)としても有名な女優の浜美枝さんがコラムの中で「筑豊のこどもたち」について言及し、「宝物のような一冊、手にした途端、涙があふれて止まらなくなりました」と語っています。私も最初に見たとき、同じような印象を抱きました。

    写真のみならず土門さんの名言やコラムも必読の「土門拳 鬼が撮った日本」

    個人的には、元参議院議員でもあり、女優の山口淑子さんのポートレート写真がお気に入りでした。映画「上海の女」のロケ先で撮影された写真は、チャイナドレスをまとった山口さんのアンニュイな表情や滲み出るセクシーさがなんとも絶妙というか、つまり美しい1枚に仕上がっていました。気になる方は、ぜひ同著をチェックしてみてください。

    YouTube動画、そして作品や関連本をチェックし、多少なりとも土門さんがわかってきた気がします。

    ということで、次回は入賞の最短ルートを目指し、過去の受賞作を掘り下げます。
    「受賞作品の傾向と対策」と題し、過去何年分にも渡って入賞した作品を徹底的に研究。お楽しみに!!

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